気になる橋・歩いてみたい橋 横浜元町 150年前の景色も気になる

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横浜元町を訪れるときに歩いているはずの橋が西の橋と谷戸橋。

現在の西の橋と谷戸橋は関東大震災後の復旧時に建設された鉄橋で90年の歴史があります。
両方とも堀川(大岡川から分岐する中村川の最下流)にかかっていて渡るだけなら歩道や欄干がちょっとおしゃれです。
元町の入り口ですし。

左 西の橋、 右 谷戸橋

おそらく建設当時は見事な橋だっただろうし運河の役目を担っていた堀川も活気があったはずです。
残念なのは堀川(中村川)は始まりから終わりまで首都高速狩場線に上空を覆われてしまったので橋のまわりの景観も川の水辺も、単にコンクリートの高速道路の高架下になっていることです。

左 西の橋、 右 谷戸橋

特に西の橋の真上は分岐もあってすごいことになってます。西の橋がとても小さく見えます。


元町商店街の起源は横浜開港時に外国人居留区に沿って堀川(中村川)作られた時代にまでさかのぼります。
つまり堀川が作られて外国人居留区と今の元町が分割されたために橋が必要になったわけです。ざっと150年も前の話です。
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当時の堀川から見渡した元町の様子と谷戸橋が映っている写真が長崎大学付属図書館のデータベースで見ることができます。
そこには当時(明治初期)の堀川沿いの居留地と谷戸橋が映るカラー写真がありました。横浜運河(堀川)沿いの居留地
(リンク先にある堀川の画像をクリックすると超高精細画像になります。学術的にも優れものでは)

今の西の橋あたりから谷戸橋方向の景色はこうなっています。上の長崎大学付属図書館のデータベースの写真が撮影されたのと方向的には同じです。この写真から見える橋は歩道橋の市場通り橋です。






谷戸橋近くの川面に高架のすき間から陽の光が差し込んでいる場所がありました。川が深いグリーン色です。

30年位前だと堀川には放置された係留船が多かったし川も汚染されてました。
ところが今は放置船もなく水質も見た限りはかなりきれいになってます。

この緑色って150年前の堀川と元町の写真に映っていたデータベースの川の色によく似てます。

街の姿は全く変わってしまいましたが、堀川の色は150年前に戻ってきたのかもしれません。


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